1998年6月 長野

撮影・取材 入江進

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すきやき弁当
 雑誌などで紹介される機会は少ないのだが、食べてびっくりの一押しのお弁当を発見した。それは古い町並みと歴史的文化の香りのする小諸にあった。
 お弁当の形はほぼ真四角で、膝の上に乗せ、割り箸を両手で、ぱちんと割るときにも安定感がよい。と、妙に感心をしながらふたを開けると、ご飯に覆い被さるように敷きつめられ、折り重ねられた和牛が目に飛び込んできた。思わず「おお」と叫びたくなるほどの感動だ。
 そして、肉一枚の大きさの大きいことには驚きである。これだけの肉が駅弁で、かつ、920円で食べられると言うのは実にうれしい。
 「すきやき」と聞けば肉を争って食べた子供の頃を思い出してしまうが、このように肉は大きくなかった。これを一人でゆっくりと味わえる喜びにしばしひたっていた。
このあたりの牧場では牛にリンゴを食べさせるところがあるそうだ。そのためであろうか。肉質の柔らかさも特筆すべき点で、味も大変濃厚。牛肉本来ののしっかりとした味わいを楽しむことができる。
 私の経験では、高級和牛肉の産地は色々とあるが、「肉にこんなに味があるのか」と教えてくれたのが、信州牛であった。今回のこの弁当でもそのことがはっきりとして、さらに信州牛のファンになってしまった。
 ミニトマト、生野菜、ゆで卵、山くらげ、じゃがいもの唐揚げ、枝豆、箸休めは大根の味噌漬け、しば漬け、金時豆の三種類、そしてオレンジと言った、副食が並ぶ。ボリューム満点若い人に大人気のお弁当だ。
栗おこわ弁当
 原田泰治さんの山里風景のイラストが描かれた外装の中からは、竹の皮に包まれた素朴な感じのお弁当が出てきた。今時竹の皮を使ったお弁当などめったに見ることはできないので、これだけでもうれしい気分にさせられる。使われているおこわは越後産の良質米のため、つぶつぶ感ともちもち感は最高だ。ついつい箸が進む。わらび、キクラゲ、たけのこなどの山菜をお醤油味で炊き込まれており、彩りもさわやか。それになんと言っても大きな小布施の栗がでんでんとのっかっているところが、シンプルな上にも存在感がある。ほんのりと甘く味付けされた栗はすぐに食べてしまうにはもったいないような優雅な味わい。副菜は一口昆布巻き、ぜんまい煮、ごぼう煮、それに北アルプス山麓で育てられた野沢なのわさび漬けのぴりっとした味が全体を引き締めている。竹の皮の香りがご飯に移り、しょうゆの風味とともに香ばしい味わいを楽しめる。
藤村の一膳めし
明治三十二年の春に、文豪島崎藤村は小諸へ義塾の教師として来任。山住まいの素朴な暮らしを愛し、近隣のお百姓さんや馬方と共に語らいに興じつつ味わった一膳飯。キノコの炊き込みご飯の上に、姫竹、にんじん、こごみ、ぜんまい、舞茸、椎茸、わらび、などに薄味を付けた山菜のうま煮や鳥肉の照り焼き。この薄味と言うところがありがたい。山菜の風味が活かされ、素材のうまみが引き出されている。つまり、良い素材を使っているからこそできる味付けである。錦糸卵、アンズ、栗、くるみの甘露煮など山の幸をたっぷりと乗せた具だくさんで、下のご飯が見えないほどのボリュームにはびっくり。とても彩りよく盛られていて美しい。甘みと辛みがうまく調和した味わいに思わずにっこり。旅の気分を更に盛り上げてくれる。
容器は多治見産の素焼き丼で、ふたには藤村筆の「旅情」の文字が焼き込まれている。この器もしっかりとしており、そのまま捨ててしまうのもとても惜しい。ちょっとにもつになってしまうかもしれないが是非持ち帰りたい。
 昭和三十九年より発売されている。